中村弦『天使の歩廊』

ファンタジーノベル大賞受賞作。
1881年生まれの異能の建築家の人生と、彼が手がけた建築をめぐる物語とが絡み合うように語られていく連作短編集。最後の「忘れ川」で、施主(の妻)と建築家の人生が絡み合う形になっている構成はなかなかのもの。癒やしなどのテーマがかなりはっきりしており、ファンタジーそのものはわかりやすくて、それほど読者を選ばない。
ただし、作品としては、案外読者を選ぶのではないか。それは、建築そのもののありようがファンタジーの基礎となっているからで、建築的なもののイメージをきちんと喚起できる人でないと、充分に楽しめないのではないかと思われるからだ。
たとえば「鹿鳴館の夢」というタイトルで、鹿鳴館の透視図が出てくるのだが、その絵をそれなりに具体的に想起できるかどうかで、作品から受ける印象はだいぶ異なるのではないか。まあそんなことは関係なく、ただ話の展開だけを追うという人も多いのかもしれないし、そうすればどれもそれなりによくできた話という感じはする。
だが、真の読みどころはそこにはないのではないか。そしてその真の読みどころ、例えばラビリンスの館で、非在の空間が出現するあたりの手続きが小説としてのキモだと思うわけだが、こうした部分については、イメージを浮かべられる人とそうでない人とでは、だいぶ受け取り方が違うと思うのだ。イメージ優先人間の私は、ややこの部分が弱くて不満なのである。かといって、イメージをまったく浮かべられない人には、なんだかピンと来ないのではないかという気がする。
全体としては悪くない作品だと思う。