松浦理英子『犬身』

犬が好き、というとまず水原紫苑を思い出すのだけれども、松浦理英子も犬好きなのかな?

房恵は犬が大好きで、自分の魂の半分は犬で、犬になりたいと願っている。たまたま知り合った犬好きの女性に惹かれた房恵を見て、悪魔めいた人狼が、犬に変身させてあげようと言うのだが……。

タイトルは「けんしん」と読む。もっと健気な犬の話かと思った。池沢理美に『ぐるぐるぽんちゃん』という愛らしい犬の話があるが、この犬=ヒロインの一途な思いは、実に犬らしい感じがする。しかしこの房恵(犬となってからはフサ)は、犬の形をしているだけで、心は人間のままで、単に親身な恋人のような感じしかしない。恋人になってしまうと、飼い主の物語が成立しないので、ペットにした、という感じである。もしも人形好きの女性なら人形になってもよかったし、猫好きの女性なら猫になっても良かった。猫の方がよりふさわしかったかも、とさえ思える。
飼い主・梓は中学生の時から三十歳の現在まで、兄の性具となっている上に、兄は、自分が妹を作り上げたと源氏気取りである。母親は兄べったりで、梓にはつれない。梓が兄の愛情を受けていると感じると、梓に嫉妬する異常さである。物語は梓の行く末を追っていくのだが、短期間でことが動くように、人狼がちょっかいを出すという形になっていて、物語の展開のさせ方としてはごく自然な感じになっている。上手い手法だが、ファンタジーはただの便利な道具に使われているだけという感じがしてしまう。
読者である私の興味も、つい三文小説的な覗き見趣味という感じになってしまい、いつ梓がキレルか、とか母親が狂うか、とか、兄が転落するか、というような期待を胸に読み進めてしまう。これではファンタジーを読んでいるとは言えないが、おもしろかったからまあいいか。
ラストの修羅場がやや納得いかなかったかなあ。