本二冊

またしても一箇月も間が空いてしまった……
まずは《六公国シリーズ》第2弾の『道化の使命』その第二巻(三分冊)「仮面の貴族」

仮面の貴族1 (道化の使命) (創元推理文庫)

仮面の貴族1 (道化の使命) (創元推理文庫)

仮面の貴族2 (道化の使命) (創元推理文庫)

仮面の貴族2 (道化の使命) (創元推理文庫)

仮面の貴族3 (道化の使命) (創元推理文庫)

仮面の貴族3 (道化の使命) (創元推理文庫)

前巻で宮廷に戻った直後から話が始まる。デューティフル王子はかつての侵略者の一族の姫との婚約式に臨む。フィッツはその裏側で、姫をめぐる謎を目撃したり、養い子ハップの引き起こした問題に頭を悩ませたり、パイボルトらの暗躍に心を痛めたり、王子の技の練習を始めたり、強力な技を持つけれど知恵の足りないシックの面倒を見たりする。
世界設定も物語もキャラクターも、言うことないすばらしいシリーズだ。しかし、一つだけ、大きな難点がある。
何かと文句の多いフィッツを語り手・視点人物としているということである。フィッツは頑固で、頭が悪いので、人の助言を本当に聞かない。そして泥沼にはまる。第一弾の時はフィッツは若くて物を知らないのでそれで良かった。でも、40歳を越えてもこの調子なのはいかがなものか。というより、この年齢なのでお手上げな感じである。そんな人物が語り手なので、作品そのものの印象が非常にうざくなっているのだ。
私はエンタメのファンタジーで春樹みたいなのを読みたくない。
しかし、これはどうしようもない。このシリーズは本篇の方はずっとこの調子で続くのである……。
「仮面の貴族」は、フィッツやデューティフルらが冒険の途につくところで話が終わる。道化の未来が非常に気になる。すみやかに続きを翻訳してもらいたい。

もう一冊はマックコクラン『ペッパー・ルーと死の天使』

ペッパー・ルーと死の天使

ペッパー・ルーと死の天使

14歳までに死ぬと予言された少年は、死に神の目をかすめるために逃亡を始めるが……
と書けばファンタジーのようだが、ファンタジーではない。荒唐無稽な冒険小説の類である。
結婚した妹と同居することになったミレーユは、聖コンスタンスが夢に現れて、妹に産まれた男の子は14歳までに死ぬとはっきりと言った、と宣言する。その子ポールは若くして死ぬことを前提として、宗教的(意地悪な修道院的)な環境で育てられたが、たいへんに素直で信心深くて優しくて善良な子に育った。
さて、この設定で、私はジャネット・ウィンターソンの『オレンジだけが果物じゃない』を思い出したが、しかし、ポールの育った環境はもっとずっとひどかった。なにしろミレーユの信心はホンモノではないのだから。
ポールは、14歳の誕生日に、死に神の目をかすめるべく、出奔する。バーでのんだくれている父親の上着と帽子をかっぱらい、キャプテン・ルーになりすましたポールは船に乗り込む。これを皮切りに、ポールはまずい事態に陥ると、名前を変え職を変え、居場所を変えて、別の人間になる。そうして死に神をだしぬこうとする。
ポールはあらゆるところに死の予兆を読み取る。そしてまた、ポールの周囲では、事故が多発し、人が複数死ぬ。ポールも死にそうな目に何度も遭うし、大騒動も引き起こしてしまう。ポールは死に神から逃げているつもりだが、実際には引き起こした事件(どう見ても何らかの賠償が必要そうな——とはいえこの作品は、リアルではない冒険談なので、そういうところは適当である)の数々から逃げているのである。
ポールは働き者である。善良なので、そうならざるを得ないのである。そして善良なので、人をものすごく気遣い、そのために嘘をつく。かなり度しがたいが、興味深く魅力的なキャラクターであることは間違いない。船長の世話係という職種のデュシェスは、長年付き合った横暴なポールの父親ジルベール・ルー船長の代わりにポールの世話を始めて、この少年に魅了されてしまったのだろう、少年とはぐれた後には、彼を探し続けることになる。このデュシェスのキャラも一言では説明できないすばらしさだ。
少年が次々と変身してゆくおもしろさが、この作品のいちばんの魅力だろう。デュシェスもさまざまな変身を見せて楽しい(彼は衣装フリークである)。だが、想像力豊かな少年が織り出してみせる架空の物語の数々も、印象深く心に残る。マッコクランは多くを語ることなく、たくさんの豊かなものを私たちの脳内に浮かばせることができるのだ。