詩想の泉を求めて

恩師・井上輝夫先生の新著。(以下敬語的表現抜きで書く)
約20年前のケンブリッジ大学滞在記、約10年前のニューヨーク滞在記、そして数年前の名古屋在住とかかわる旅行記の三部構成になっている。
これらの滞在は、大学人――研究者としてよりも経営者に近い立場としての――としての経歴と密接にかかわっているのだが、そのことについては、本書中では一言も触れられていない。詩人の立場で書いているから、という著者の意向であろう。大学人たる自分を切り離せるものではないとは思うのだが、敢えてそこから遠ざかって書いたということだと愚考する。営業的にはもったいないと思うが、まあ大学出版局から出ている本だし、そうがっつく必要もないのだろう。
内容的にも、あくまでも詩人のエッセー集である。詩人とは、広い意味での、歌人俳人など、〈詩的なもの〉にかかわる人のことだけれど、やはり独特なものがある。もちろん社会批判などがあるのだけれど、多分に感性的な表現でそれをする。面倒なので詳述はしないが、理性的な歴史認識や哲学と瞬間的・感覚的な情緒が渾然となっているという感じである。
私個人におもしろかったのは、第三部の日本編であった。美濃焼の千鳥文様について語る「遠くへ、恋よりも帝国よりも」という章などは絶品である。