『文學界』はそんなにエライのか

 昨日、NHKニュースで、イラン人が文學界新人賞を受賞したという報道をしていた。漢字を使わない国出身者では初めて……だそうである。最近のNHKはワイドショー・レベルなのでいちいち目くじらを立てるのもバカらしいが、全国ニュースでやるような話題か。文藝春秋の威力はそんなに大きいのか? 気を遣っておかないといけない政治的理由でもあるのか。あるいはイランというところが何かしら政治的理由になるのだろうか?
 先頃、中国人が芥川賞を取ったことで騒いでいたが、文芸界はそんなことぐらいしか、売りがないのだろうか。画期的にすばらしい作品を書いても、ニュースにはならず、どうでもいい周縁のことが話題になるのは、所詮新聞やテレビなどのマスメディアはゴシップが売りだということを示すに過ぎないが、文芸の世界もそれなりにメディアの世界であるのだから、もうちょっとマシな発信ができてしかるべきではないだろうか。
 英語圏の出身者は、確かに新人の登竜門というべき文藝賞すばる文学賞では受賞者はいないかもしれない。だが、こんな報道をすると、まるで、非漢字圏の作家が今までいなかったかのようではないか。詩人だっているのだ、小説家だってリービ英雄だけというわけではない。東工大にだっているぐらいだ……。確かに西アジアというかアラビア語ペルシャ語圏は少ないだろう。日本と縁のある人が少なくて分母が小さいのだから、米国に数で負けるのは当然である。しかし珍しいというだけで話題にするのでは、歩いて散歩する犬と同じ扱いである。
 ちなみに、リービ英雄が受けた野間文芸新人賞は、新人のデビューのための賞ではなく、実力のある新進作家に与えられるもので、この受賞者はおしなべてレベルが高い。むしろこういう賞を取ったことの方が重要視されるべきなのだが。一般の新人賞は、あとからいくらでもぽしゃる可能性が高いが、野間なんかだとその確率は非常に低くなる(当たり前だが)。こういうものは無視され、芥川賞などは騒がれるわけだから、文藝春秋の力が強いがゆえと思いたくもなる。もちろんただの習慣かもしれないが。