名鑑以外の本

三番目の魔女

三番目の魔女

 もとのマクベスよりずっと悲惨。あの惨劇を一人の少女の復讐心が起こしたことになっているから。しかもヒロインは死んだりはしない。現実には、こんなことにも人間は堪えられるのだろうが(小さい規模でなら、人間が最も犯しやすい過ちとも言える)、物語的には納得できない。マルコム、マクダフ、フリーアンス全員の家族を殺した元凶はヒロインであることが、彼らに明かされないのは不公平でもあろう。
 【あらすじ】
 小さな少女だったギリーはにマクベスに一族郎党を殺され、バーナムの森に住む魔女たち(元修道女で半ば狂った老女ヘルガと薬草の知識がある老女ネトル)に助けられた。彼女はマクベスへの復讐を誓いながら、7年間老女たちと共に暮らし、復讐を手伝ってくれと迫る。ネトルは幼い少女の復讐心を7年間奉公したら手助けしようと言ってなだめてきたのだ。賢明なネトルは、復讐はギリーと老女たちに破滅をもたらし、ろくでもない結果になると言うが、ギリーは聞く耳を持たない。彼女は育ての親である老女たちへの愛情を押さえつけ、呪文のように自分は復讐者だとつぶやき続け、自分を駆り立てる。マッド・ヘルガはそんなギリーにマクベスの三つの心臓のかけらを持っておいでと言う。
 読み書きの素養を料理長に売り込んだギリーは、マクベスの城に台所係として入り込む。森で助けたポッドという小さな少年も一緒だ。ポッドの母親は魔女として追われていて、ポッドと共に逃げていたが、足を傷めて走れなくなり、惨殺されたのである。ギリーは、母親とは子どもを見捨てるものだという固い信念を持っていることがわかる。
 ギリーは少年として働きながら、機会をうかがううち、バンクォーの一人息子で、学問好きのひ弱な少年フリーアンスの話し手として選ばれる。また、フリーアンスと共に武術の稽古も受ける。しかし台所係から解放されたわけではないので、ギリーへの風当たりは強くなり、肉体的も辛くなってくる。お荷物のポッドのこともある。軽焼き専門のリゼットというフランス人の老女にポッドは可愛がられるようになるが、ポッドはギリーのことを頼りにしており、ギリーはそれを完全に突き放すことは出来ない。
 まもなくギリーはマクベス夫妻専用のトイレを伝ってその部屋に入り込み、夫妻の会話から、マクベスの王への忠誠、妻への愛、王位への欲望が三つの心臓のかけらだと告げる。ネトルはいやいや古い玲を呼び出して託宣を受け、荒れ野に向かう。ネトルは何もギリーに教えないが、ギリーは三番目の魔女として、マクベスが王になること、バンクォーの子孫が王位に就くことを讃える。
 ネトルは仕掛けは終わったというが、ギリーはすべてを見とどけたいと、城に再び帰っていく。途中でマクダフの一行に出会い、その若い妻から貴族の娘と見抜かれ、世話をしようとの申し出を受けるが、ギリーはそれを断って城へと赴く。折りしも王の行幸があり、ギリーはハンサムな王子マルコムにパンとチーズを世話することになる。だが、王は殺され、マルコムは逃亡するのにギリーの手を借りる。ギリーは森を行く途中、王子に枝で擬装することを教え、王子を無事に逃す。城では。マクベス夫人が弁舌をふるい、王子が犯人ということになっている。ギリーの夫人に対するコンプレックスがしばしば描かれる。
 マクベスは王となった後、暴政で怖れられ、やがてバンクォーを殺す。陰謀を知ってギリーは阻止しようとするが、フリーアンスを逃すのに成功しただけである。自分の愚かしい予言が招いた結果に動転しながらも、ギリーはバンクォーの遺品をはぎ取り、宴席のマクベスの目に付くところに置いて、彼を錯乱させる。
 マクベスが魔女に会いに行こうとしていることを知ったギリーは、魔女の居場所をマクベスに教えると、ネトルたちのところにとって返す。ネトルは幻覚を見せる危険な薬を調合してマクベスに飲ませ、予言を与える。ギリーは幻覚のただなかにいるマクベスに、もはや眠れない、と暗示をかける。
 やがて、さらに狂気を増したマクベスイングランドに逃れたマクダフが置いていった家族全員を惨殺させる。ギリーはそれを知って助けようとするが、うまくいかない。子供らをかばって屋根まで逃れるが、追っ手に子どもを奪われ、自分も屋根から突き落とされる。この時にギリーが見た過去により、マクベス夫人がギリーの母親であることがわかる。
 落胆したギリーはネトルの元に戻り、復讐を忘れようとする。だが、女子修道院に遣いに出かけた折り、マクベスがすぐ近くの大修道院にいると知って、そこへ向かう。しかし王は既に修道院を出立し、バーナムの森へと魔女を殺しに行った後だった。
 小屋の残骸とヘルガの遺体の前で呆然とするギリーに、やってきた修道女たちがヘルガの来歴を語る。ギリーは卒然と予言の意味を悟り、自分こそが予言の存在だと確信すると、おそらく城に囚われているであろうネトルを助けるために、マクベスを殺すために城へ向かう。
 城の中でマクベスは猛り狂い、マクベス夫人も狂っている。夫人に面会したギリーは、12歳の時に、愛するマクベスから引き離され、むりやり嫁がされた父親のことを、母親が憎んでいたことを知る。夫人はギリーを少女時代の自分が帰ってきたのだと話しかける。ギリーは母親を拒絶するものの、狂った母を殺すことはできない。ギリーはマクベスのそばまで行くが、ギリーを妻と思うマクベスは、彼女の前ですっかり無力になる。だが彼を殺す前に、ポッドの助けを呼ぶ声がした。
 エピローグでは、ポッド、リゼット、ネトルが助かり、ギリーが失われた地位と領地を回復したことが語られる。マルコムの求婚、フリーアンスの旅への誘い、マクダフの娘になってくれという申し出をすべて断り、孤児のための施設を作ろうとギリーは考える。