物語に支えられた人生

ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』岸本佐知子訳(白水社

シルバーは海辺の田舎町ソルツの、崖の上に斜めに建った家の中で育った。「人生に斜めに入ってきた」彼女は、人と同じように真っ直ぐには人生を歩めない。
10歳の時に母を亡くし、盲目の灯台守ピューに引き取られたシルバーは、ここで数年を暮らすことになる。物語のほとんどは、灯台の中の話だ。灯台での暮らしをこまごまと語るものではない。シルバーが、ピューにたくさんの物語を聞かせてもらいながら大人になっていった、という話なのである。
やがてピューとの別れの時がやってきて、シルバーは自分が話を聞かせられる相手を求めてさまよい、その人を見つける。

とても短い小説なのだが、いくつもの人生が折りたたまれていて、奥深い。しかしやはり小説としてはあっさりとしたもので、重厚長大なエンタメとはまったく違う味わいである。いっそ単純な小説と言える。
メインとなる灯台での生活は静穏で、ほとんど修道院の暮らしを思わせる。ピューとシルバーは、神に祈る代わりに、お話をするのだ。正確に言えば、主にピューが話してシルバーがそれを聞く。「お話」が空間を満たす。あたかも祈りが空間を満たすかのように。
このお話がなされる空間の、なんと魅力的なことか。なぜなら「お話が語られる場所」には、愛に満ちているからだ。
シルバーはせがむ。「ピュー、お話しして」。するとピューは、物語こそが人を生かすというふうに、いくらでもお話を聞かせてくれる。それは、行きずりの父親によって生を享けた子供、10歳で孤児となった少女が、幸せな家庭を手に入れたということなのである。何の設備もない、ただ船を導く光を守ることに捧げられた場所。それは本当に信仰の場のようだが、そこで少女がどれほど幸せだったのか、読者はまざまざと感じることができるだろう。
小説の中に書き留められたピューの話のメインは、一人の女性を愛したが、彼女の愛を信じられなくて不幸になってしまった男バベル・ダークの物語だ。いかにも小説らしいこの物語の中には、『種の進化』のダーウィンや『宝島』のスティーヴンソンも登場するが、ちっとも派手ではなく、とにかく短く切り詰められていて、やはり灯台の暮らしのようにシンプルだ。それはしかし「愛」の物語だから、この世で最も劇的な物語の一つであり、信と不信、愛と絶望をめぐる大きなテーマが込められている。そして、それはシルバーの自分探し=伴侶探しへと連なっていく。
シルバーの伴侶との出会いも、地味で、ひっそりとしている。なにしろ修道院で出会うのだから。
この作品は、そのように様々な項目がメタファーとなって互いを照らし出すのだ。あくまでも静かに。読者は耳を澄まして、作者のお話を聞き取らねばならない。騒音の中から本質的なこと聞き取るのではなく、静かなささやきのすべてを聞き取り、滋味ある食物のように味わわねばならない。そうしてこそ、バベルの最期の至福が、シルバーの愛に満ちた幸福が、我が物として感じ取れるのである。