黒揚羽の夏

(P[く]2-1)黒揚羽の夏 (ポプラ文庫ピュアフル)

(P[く]2-1)黒揚羽の夏 (ポプラ文庫ピュアフル)

 ポプラ文庫ピュアフルの大賞を取った作品。著者は日本近代文学の研究者だそうで、文章はほぼ安心して読める。
 いろいろなギミック、小道具が、先行作を思い出させる。まず最初に浮かんだのは天沢退二郎。作中には聖杯を研究している「天沢先生」が登場するので、当然意識的なものだろう。ほかにも「映画」は「リング」を、姫神の伝承はいくつかのホラーを思い起こさせる。ミステリ全体としては、山岸凉子のある作品を思い出した。
 それから、これまた詰め込み過ぎ。
 あまり長くない作品なのに、兄千秋と妹美和の二主人公でダブルプロットに近い。千秋の設定などはもう、受けそうなものをいろいろ詰め込んだように見えてしまう。両親の離婚という問題が背後にあるのに、その背景設定が軽くなりすぎている。姫神、死者の霊、そして町の権力の問題、さらに育児放棄といった子供時代の養育問題など、すべてが未消化。そのためにクライマックスであるべき「浄化」が、まったく迫力のないものになっている。
 新人の応募作品だから、詰め込み過ぎになるのは、気持ちとしてわかる。新人賞には、完成度よりは将来性が望まれるのは確かなのだから。しかし、これからも小説を書くのであれば、もっとゆったりと構えた、完成度の高い作品をお願いしたいものだ。作中で説明される不気味な前衛映画は非常に良かったし、全体の雰囲気も良い。
 実は、半ばまでは稲生平太郎アクアリウムの夜』のような、幻想小説に昇華するのかと期待をかけて読んでいた。謎めいたフィルム、過去の日記、古い切り抜き、など、まさに稲生平太郎的雰囲気だったから。しかし、結局のところ、ミステリはミステリとして、せいぜい『切り裂きジャック百年の孤独』の幻想性をもって、着地し、異界の冒険は唐突に、臨死体験として展開されるのみ。つまりはわかりやすい話であった。