これからの正義の話をしよう

マイケル・サンデルの本を、図書館で9ヶ月待って、ようやく借りられて読んだ。買わなくて正解だった。つまらない本だった。
要するに、タイトルの翻訳勝ちだ。原題は「公正――正しい行為って何?」であって、日本の題名とは違うのだ。正義……っていうより、政治が目指す公正の問題。政治とはリソースの再分配を調整すること(税金の使い道を考えること)が大きな役割だから、そのときに、どんな思想を持っているかは重要だ。それで、公正であることについてのいろいろな意見を、並べている。
ババ大の講義の実況で有名になった著者は、要するに、「教師」なのであり、その著作は教科書だったということだ。ハバ大といえども、入学時には大したことなく、こんな程度のもので勉強しながらいろいろ考えるやつは考えて賢くなっていくんだな、と思う。たぶん全世界的に学生のレベルは下がっているんだろう、とも思う。
教科書は、ベンサム功利主義リバタリアニズム、カント、アリストテレス、ジョン・ロールズなどを説明している。卑近な、もしくは有名な、あるいはわかりやすい例を用いて。著者自身の説が表明されることはほとんどないが、反リバタリアニズム、親ロールズというのは明らかで、その線に沿って論を持って行く。
論文としては、自分の立場を明らかにしないから、問題外であり、教科書としては、誘導的だから信頼が置けない。全体として煮え切らない本なのだ。そして、著者自身の立場は最後になって表明はするものの、終始一貫してはっきりとした論を述べ立てるということがないから、肝心のところで突っ込み不足で説得力もない。
要するに、上掲の理論にある程度親しんでいる人は――その入門書の新書を一冊ずつでも読んでいれば――本書は読むに値しない。私は全く予備知識なく、タイトルがすごいし、評判になっている、というだけの理由で読んで、本当にがっかりしてしまった。
もう一つ、日本人向けの本じゃない。日本とアメリカでは「徳」に関する考え方が決定的に違う。アメリカには、アメリカン・ドリームの体現者は徳が高い、という幻想があるらしいが、日本では、金儲けのうまいやつの「徳」が高い、などとは決して言わない。アメリカン・ドリームに通ずるものとしては、明治時代の刻苦勉励・立身出世などがあるが、すごい金持ちになったから偉いのじゃなくて、社会貢献をしているから、とエクスキューズがつく。金持ちは偉くないのだ。何か悪いことをしなくちゃ金なんか儲からない、という当たり前の思想が染みついている。仏教国だから(自然も搾取の対象と考える)、というよりは、江戸時代の思想統制の名残(商人が一番下、昔はキリスト教だったそうだった)ではないかとも思えるが、それにしても、価値観は相当違うのだ。当然、公正さや正義についての概念も非常に異なる。
それでも、人間の本質に迫る考察がなされていれば、私個人は楽しめたと思うが、それがまったくない。また、私の思考を超えるようなレベルのもの、新たな発見とかそういう類のものもない。