血と砂
19世紀初頭、エジプトの太守に仕えた実在のスコットランド人を主人公にした、歴史小説。血と汗と腐臭に満ちた戦場の物語を感動的なものに変えてしまうサトクリフらしい、ロマンティシズムにあふれる作品で、物語としてはたいへんにおもしろい。
残念ながら、翻訳が私の言語感覚には合わず、細部でしばしば粗雑で、ひっかからずにはいられなかった。
もっと奇妙なのはあとがきで、映画『アラビアのロレンス』のロレンスと、この『血と砂』の主人公キースとを引き比べ、ロレンスの前世があるとすればキースだ、などと述べている点である。どちらも実話に基づいてはいるが、フィクションである。どちらもロマンティックで、特にロレンスについては『知恵の七柱』を読めば、どれほど映画がフィクショナルであったかわかる。フィクションとフィクションをすり合わせて、実在の人物同士の近親性を、前世という言葉でうんぬんするなど、異様というほかあるまい。おそらく、訳者はフィクション性ということを無意識に捨象してしまっているのであろう。人間の意識や、フィクションがもたらす現実改変能力などということの例としてはおもしろいとは言えるが。
第一次世界大戦時にスパイとして英国のために働いたロレンスと、サトクリフの物語を現実の半分として読んでも、イスラームに改宗して砂漠に骨を埋めたキースとでは、立場も意識もまったく異なる。安易な類型化は、公的にすべきものではない。
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